スペシャルティコーヒーの世界では、ときどき、ある品種の名前が一気に広まることがあります。ゲイシャがそうだったように、近年その名を耳にする機会が増えたのが「シドラ(Sidra)」です。
バリスタの世界大会で優勝したコーヒーにも使われ、華やかな甘さで知られるシドラ。けれど、その出自にはまだわかっていないことが多くあります。今回は、この少し謎めいた品種について見ていきましょう。
エクアドルから来た品種
シドラは、南米のエクアドルで生まれた品種といわれています。もっともよく語られているのは、1990年代に、エクアドルのピチンチャ県にあったネスレのコーヒー育種施設に由来するという話です。
ただし、この話はあくまで「そう伝えられている」ものです。施設はのちに閉鎖され、シドラは正式な品種として公開されることはなかったとされています。そのため、確かな記録が残っていないのです。
- エクアドルでは、生産者たちのあいだで少しずつ広まっていった
- コロンビアでは、クンディナマルカ県のラ・パルマ・イ・エル・トゥカン農園が2012年ごろから栽培を始めたとされる
- その後、ウイラ県などの農園でも育てられるようになった
遺伝的な正体は、まだはっきりしない
シドラは、「レッドブルボンとティピカの交配から生まれた品種」と説明されることがよくあります。2019年の世界大会でも、そのように紹介されました。
ところが、これまでに行われた遺伝子検査では、この説ははっきりとは裏づけられていません。
- 一部のサンプルは、エチオピアの在来種に近い結果を示した
- 一方で、別の親をもつことを示す結果も出ている
- 同じ「シドラ」という名前で、異なる品種が流通している可能性も指摘されている
品種の研究機関であるWorld Coffee Researchの品種カタログにも、シドラは掲載されていません。よく似た話はピンクブルボンにもあり、「ブルボンの仲間」と考えられていたものが、遺伝子検査でエチオピア在来種と判定されています。正式な記録のないまま生産者のあいだで広まった品種には、こうしたことが起こりやすいのかもしれません。
世界大会で注目された理由
シドラの名を世界に広めたのは、バリスタの競技会でした。
- 2019年:ワールド・バリスタ・チャンピオンシップで、韓国のチョン・ジュヨンさんがラ・パルマ・イ・エル・トゥカン農園のシドラを使って優勝
- 2022年:同じ大会で、オーストラリアのアンソニー・ダグラスさんが、コロンビア・ウイラ県のエル・ディビソ農園のシドラを使って優勝したと伝えられています
2019年のチョンさんのプレゼンテーションでは、暖かい気候と涼しい気候が混ざり合う農園の環境が、チェリーの中の炭水化物を増やしたことが語られました。シドラが大会の舞台で選ばれるようになったことで、生産者や焙煎所のあいだでも一気に関心が高まったといわれます。
生まれも、親もはっきりしない。それでも、カップの中の甘さが、この品種を世界に連れ出した。
シドラの味わい
シドラの味わいについては、まず「甘さ」が挙げられることが多いようです。精製によって、表情も変わるといわれます。
- ウォッシュド:ジャスミンや白ぶどう、オレンジの花、柑橘のような香りと、絹のような口当たり
- ナチュラル:桃やアプリコット、赤いベリーのような果実味
- 長時間の嫌気性発酵:チェリーやブラックベリー、赤ワインのような風味
また、背が高くなる木で、さび病には強くないとされています。
わからないことも、楽しみのひとつ
シドラは、親も、どこで生まれたのかも、まだはっきりとはわかっていない品種です。今後、研究が進めば、その正体が少しずつ明らかになっていくでしょう。
けれど、わからないことがあるからこそ、一杯を飲むときの想像はふくらみます。シドラに出会ったら、その甘さの向こうにある、まだ解き明かされていない物語を思い浮かべてみてください。