鼻をつまんでコーヒーを飲むと、味わいががらりと変わってしまう。そんな経験はないでしょうか。苦味や酸味は感じるのに、あの豊かな「コーヒーらしさ」がどこかへ消えてしまうのです。

その理由は、私たちがコーヒーの「味」として感じているものの多くが、じつは口の中から鼻へと抜けていく香りだからです。今回は、このレトロネーザルと呼ばれる香りについて紹介します。


香りの入り口は、ふたつある

においのもとになる香りの分子が、鼻の奥にある嗅覚のセンサーに届くまでの道すじは、ふたつあります。

同じ香りの分子でも、どちらの道を通るかで感じ方が変わることがあり、脳での処理のされ方にも違いがあると考えられています。


「フレーバー」は、味と香りの合わせ技

舌で感じられるのは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味といった基本的な味です。ところが私たちは、コーヒーを飲んで「チョコレートのよう」「ベリーのよう」と感じます。こうした豊かな印象をつくっているのが、レトロネーザルの香りです。

焙煎されたコーヒーには、焙煎中の化学反応によって生まれた1,000種類以上の香りの成分(揮発性成分)が含まれるといわれます。口に含んだコーヒーからは、こうした成分が次々と立ちのぼり、喉の奥を通って鼻へと届きます。

スペシャルティコーヒー協会(SCA)の評価基準でも、フレーバーは「口に含んでいるあいだに感じる味と、レトロネーザルの香りが合わさった知覚」と定義されています。脳はこのふたつをひとつの「フレーバー」として受け取るのです。

同じように、飲み込んだあとに残るアフターテイストも、口や喉に残ったコーヒーからのレトロネーザルの香りと味が合わさったものとされます。甘さでさえ、舌だけでなく香りから感じとられる部分があるといわれます。

コーヒーの味わいの多くは、舌ではなく、口の奥から鼻へ抜ける香りが運んでくる。

カッピングで「すする」理由

コーヒーの品質を評価するカッピングでは、スプーンですくったコーヒーを、音を立てて勢いよくすすります。少し驚くかもしれませんが、これにはきちんとした理由があります。

SCAの手順では、コーヒーをすすって、舌や上あごなど口の中のできるだけ広い範囲に行き渡らせるよう定められています。勢いよくすすると、コーヒーが口の中に細かく広がり、香りが口の奥から鼻へと運ばれやすくなるといわれます。

鼻先で感じるフレグランスとアロマ、そして口の中で感じるフレーバー。カッピングでは、ふたつの入り口から香りを確かめていきます。


家で試せる、小さな実験

レトロネーザルの働きは、家でも簡単に確かめられます。

  1. 鼻をつまんだまま、コーヒーをひと口含みます
  2. 口の中でゆっくり転がし、感じる味を確かめます
  3. 口に含んだまま、鼻をつまんでいた指を離し、鼻から息を吐きます

香りが鼻へ抜けるのは、息を吐くときです。指を離した瞬間、香りがふわっと広がり、味わいの印象が大きく変わるのを感じられるはずです。医療の分野でも、キャンディーなどを口に含んで香りを確かめる「口からのにおいの検査」が使われています。


香りを楽しむ飲み方

レトロネーザルを意識すると、コーヒーの楽しみ方が少し変わります。ひと口を口の中にしばらくとどめてみる。飲み込んだあと、鼻からゆっくり息を吐いてみる。それだけで、ひとつのコーヒーから感じられる香りがぐっと増えるはずです。感じた香りを言葉にしてみたくなったら、香りや味の表現を整理したフレーバーホイールが手がかりになります。

温度が下がるにつれて、感じられる香りも変わっていきます。冷めていく過程で何度か味わいながら、口の中から香る、もうひとつの香りの世界を楽しんでみてください。