インドといえば紅茶を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれどインドは、南西部の西ガーツ山脈を中心に、木陰でコーヒーを育ててきた長い歴史を持つ国でもあります。

インドのコーヒーには、ほかの産地にはない個性がいくつもあります。今回は、その歴史と、木陰の農園、そしてモンスーンの風が生む独特のコーヒーを見ていきます。


7粒の種から始まった物語

インドのコーヒーのはじまりには、有名な伝説があります。1600年ごろ、スーフィーの聖者ババ・ブダンが、メッカへの巡礼の帰りに、イエメンのモカ港から7粒のコーヒーの種を持ち帰り、カルナータカ州チクマガルルの丘に植えたというものです。この丘は、いまも彼の名をとって「ババ・ブダン・ギリ」と呼ばれています。

はじめは庭先の作物だったコーヒーは、やがて商業的な農園へと広がりました。19世紀後半にはさび病の被害で多くの農園が紅茶に転換しましたが、さび病に耐性のあるアラビカの交配種が広まり、コーヒーづくりは受け継がれていきます。インドで広く栽培されている品種S795も、リベリカ種の血を引く系統と「ケント」の交配から生まれたものです。


産地と生産者

インド政府は、クールグ、チクマガルル、ババブダンギリ、アラク・バレーのアラビカなどを、地域の名前を冠したコーヒーとして地理的表示(GI)に登録しています。


ほぼすべてが、木陰のコーヒー

インドのコーヒーの大きな特徴が、シェードグロウンです。World Coffee Researchは「インドのコーヒー生産のほぼすべてが木陰で行われている」としています。

インド政府の資料によると、農園では常緑樹とマメ科の木を組み合わせた「二段の日陰」がつくられ、50種近い木が土壌の健康と生物多様性を支えています。農園ではコーヒーと一緒に、コショウやカルダモン、バニラ、オレンジ、バナナなども育てられ、まるでスパイス園のような姿をしています。

アラビカは、こうした山の涼しい高地で育てられます。コーヒーが育つ西ガーツ山脈は、世界25か所の「生物多様性ホットスポット」のひとつにも数えられています。


モンスーンの風がつくるコーヒー

インドならではのコーヒーとして世界に知られるのが、モンスーンド・マラバールです。

その起源は、帆船の時代にさかのぼります。インドからヨーロッパへ、喜望峰をまわって半年近くかかる航海のあいだ、生豆は湿った海の風にさらされ、緑から淡い黄色へと姿を変えていました。輸送が速くなると、その変化は起こらなくなります。そこで、かつての船旅の条件を陸の上で再現するようになったといわれます。

  1. ナチュラルで乾燥させた豆を選別し、倉庫で保管する
  2. 6月から9月、風通しのよい倉庫で、湿気をたっぷり含んだモンスーンの風に豆をさらす
  3. 定期的に広げ、かき混ぜ、向きを変えながら、12〜16週間ほどかけて仕上げる

豆は水分を吸って大きくふくらみ、淡い金色に変わります。酸味はほとんど感じられなくなり、重いボディに、チョコレートのような香りやスパイス、ナッツの風味が加わるとされます。インド政府も、なめらかでまろやか、酸味の少ないコーヒーとして紹介しています。

海を渡る船の上で偶然生まれた味を、モンスーンの季節ごとに、陸の上でていねいに再現している。

インドのコーヒーを楽しむなら

モンスーンド・マラバールは、酸味の少ない、どっしりとした味わいを好む人にぴったりです。一方で、木陰で育ったアラビカには、産地ごとの個性があります。紅茶の国のもうひとつの顔を、ぜひ味わってみてください。